JFEテクノリサーチ株式会社は、"ものづくり"の技術課題を解決するお客様のベストパートナーをめざして、ナノ領域から大型構造物まで幅広い対象において、最新の分析・試験設備を用い、信頼性の高い解析・評価技術を提供しています。2021年、カールツァイス社製の極低加速電圧SEM(Ultra Low Voltage Scanning Electron Microscope:ULV-SEM)に対応した当社オックスフォード・インストゥルメンツのウインドウレス型EDS検出器 (Ultim Extreme)を導入しました。なぜUltim Extremeを導入されたのか、またどのように使用されているのか、具体的な実例も交えて、JFEテクノリサーチ株式会社のフェローで物理解析のスペシャリストである佐藤馨氏と、同社材料解析部の中村貴也氏にお話を伺いました。
(敬称略)
JFEテクノリサーチ株式会社
フェロー Ph.D.
佐藤 馨(さとう かおる)
JFEテクノリサーチ株式会社
知多ソリューション本部 材料解析部 主査
中村 貴也(なかむら たかや)
JFEテクノリサーチ株式会社
分析・評価・解析・調査の受託会社、JFEスチールグループの企業、略称:JFE-TEC
https://www.jfe-tec.co.jp/
【導入製品】 Ultim Extreme ウインドウレス型EDS検出器
【導入時期】 2021年8月
【導入台数】 2台
【導入前の課題】電子顕微鏡は加速電圧を下げると表面がよく観えるが、最も良好な画像を取得できる観察条件(=Sweet spot)そのままで分析できるEDSがなかった。
【導入後のメリット】軽元素感度が飛躍的に向上し、低エネルギーでのX線も感度よく測れるようになり、Sweet spotでの分析が可能になった。従来は測定が困難であったM線やN線の活用が可能になった。
【佐藤 氏】私たちはカールツァイス社製の極低加速電圧SEMを20年以上使ってきております。この装置は、低加速電圧で非常に優れた像観察が可能であること、さらに複数の像検出器を搭載しているために、今まで観ることができなかったような表面情報をとれるようになっています。一方で、材料を評価しておりますと、観察だけではなく、そこにある元素の情報が必要になってきます。以前からEDSは広く使われてきましたが、従来は観察条件と分析条件が合致しない場合が多く、例えば、加速電圧を上げたり、試料の高さを下げなければならない、といった制約がありました。
そこに私たちは非常にフラストレーションを感じていました。そのような時に、オックスフォード・インストゥルメンツからExtremeという新しい製品が発売されました。そして、この製品を使用することにより軽元素を含めたX線測定の感度が飛躍的に向上しました。さらに私たちが「イメージングのSweet spot」と呼んでいる、最も良好な画像を取得できる観察条件そのままで、観察と分析ができるようになったことが大きな前進です。
今までは観察と分析がうまくリンクしていなかったのですが、オックスフォードの検出器の出現のおかげで像観察と分析が両立できました。「Sweet spot条件」での観察と分析が同時に実現できたことが最大のポイントです。
具体的には、加速電圧が低いままで、しかも試料をワークディスタンスが短いままで観察から分析に移行できる点です。私たちの使い方というのは、低加速電圧SEMで表面情報が豊かな画像を観て、そのままの条件で分析に移行して元素分析データを得る、そのような使い方を多岐にわたる材料について適用しています。
【中村 氏】SEM像のSweet spot、特に低加速電圧かつ短いワークディスタンスの条件のままで分析ができるということが一番の利点だと思います。加えて、ウインドウレス設計や検出器の配置環境等によって実現した、低エネルギー感度の高さも魅力です。例えば、軽元素からなる機能性材料、薄膜の分析などに威力を発揮しています。
【中村 氏】これはSiウェハ上に分散させた酸化グラフェン薄膜を分析した事例です。酸化グラフェンは、高いアスペクト比、表面積、分散性といった優れた特徴を有し、次世代電池材料、抗菌・抗ウィルス材料、触媒等の候補として注目されています。左(図1-①)は、低加速電圧条件の1 kVで取得した酸化グラフェンの二次電子像です。薄い酸化グラフェン(シート1枚の厚さ:約1 nm)の分布が、明瞭に可視化できています。
中央(図1-➁)は、表面敏感な1 kVの条件のまま、ExtremeでC-Kのマッピングを取得した結果です。酸化グラフェンの厚みの違いを反映したC強度の変化までを捉えることに成功しました(青矢印参照)。通常のウィンドウ型のEDSで条件を揃えて測定したところ、グラフェン中の炭素を検出できませんでした(図1-③)。これはウインドウレス型で検出立体角を大きくできるExtremeならではのデータです。
こうした低加速電圧条件で元素分析したいというニーズが非常に多くありました。ただ、低加速電圧で分析するだけではカウントや感度が不足する問題がありますので、やはり通常の検出器では信号を捉えられないことがわかりました。ところがExtremeで観察条件のままで分析すると、図1-➁のようにグラフェン分布も像に対応して捉えることができました。さらに驚きなのは、膜がやや厚い部分でカーボン強度が高くなっていることです。nmオーダーの薄膜の厚みのムラまでも可視化することができた実例で、我々としてもすごい感度であると実感した例です。
【佐藤 氏】これには2つのポイントがあり、特に2つ目のポイントをよく表している例です。1つ目のポイントは、加速電圧を下げると表面がよく観えるという顕微鏡の使い方、2つ目はオックスフォード・インストゥルメンツの検出器によって、観えなかったものが明瞭に測れて観えるようになったことです。これは検出器の設計と配置デザインが極めて有効に働いた事例になると思います。
【中村 氏】次は、リチウムイオン電池正極材に使われているコバルト酸リチウム粒子の表面に、Nb系コーティングを施した試料を分析した事例です。
よく用いられる加速電圧10 kVでは、表面のコーティングに関する情報は得られません。0.5 kVの低加速電圧条件にすることで、表面のコーティング層が暗いコントラストで可視化できます(図2-➁)。Extremeを用いて、表面敏感な低加速電圧条件のままEDS分析することで、Nbの存在検証と分布の可視化ができました(図2-③と④)。特にNb-M線を用いての可視化は、低エネルギー感度が高いExtremeならではの結果です。像観察のsweet spot下でのEDS分析を実現しました。
【佐藤 氏】 従来技術では表面に何も無いようにしか観えないものが、我々の走査電子顕微鏡観察技術で表面に付いているものが、不均一に付いている様子まで含めて観えるようになります。Extreme以前は、低加速電圧の観察で表面が見えても、分析の際に例えば10 kVに加速電圧を上げる使い方が一般的でした。しかし、これでは注目する構造が見えない状態で分析することになります。私たちの実験ではスピードだけではなく良質であることが重要です。良質な像が観えているのに分析の条件になると良い像が出ず、分析したい場所が見つからないこともしばしばあります。例えば、この例では図2-①の像を観たらどこを分析していいかわからないですが、図2-➁の像をみると注目点がすぐわかります。まさにここの像を観た状態で分析したいのです。像を観たい場所ですぐ分析に移行できるというのは、スピードだけではなく、実験の質を上げることになります。
【中村 氏】もう一つ言うと、0.5 kVと10 kVでは情報の深さがかなり異なっています。低加速電圧条件でSEM像を観察し、高加速電圧条件でEDS分析すると、両者の情報深さの乖離がかなり大きくなります。その乖離を小さくするという点でも、同じ加速電圧で分析できることはメリットになります。
図2-③と④は、図2-➁の四角の枠の部分を1.5 kVで分析した結果になります。通常のEDS検出器では、200 eV未満の低エネルギー線であるNb-M線を検出することは困難です。Extremeの場合、低エネルギー感度が非常に高いため、加速電圧を下げてNb-M線を使った測定ができ、このように表層のコーティングの分布を捉えることができます。図2-➁の暗いコントラストの場所でNbの強度が高まっていて、Co成分の強度が低くなっていることがわかります。
通常の凹凸を強調するような二次電子で観ると、コーティングが厚い部分に沿ってややクレーター状の形態が確認できますので、コーティングした時の状況も推測することができます。このようなコーティング厚さの不均一性の可視化は、理想的な均一で薄いコーティングを実現する材料・プロセス設計につながります。
【中村 氏】三番目は、火力発電所など、高温下で使用される2.25Cr-1Mo鋼中の微細析出物を分析した事例です。材料の設計や寿命予測にとって、多種存在する炭化物の分析が重要です。この例では、SEM観察とEDS分析ともに1.5 kVで実施しています。反射電子像で各種析出物を認識した条件のままで、析出物の構成元素、すなわちN、Cr、Fe、Moのマッピングをおこない、M6C、M23C6、AlNの各析出物を識別することに成功しました(ここでMはCr, Fe, Mo)。低加速電圧では入射電子の侵入深さを小さくできるため、20 nm程度までの微細析出物の高分解能マッピングが実現しています。
【佐藤 氏】「EDSを加速電圧1.5 kVで行うことは今まで全く知らなかった」とウェビナーの聴講者の方々から反響が非常に多かったデータです。
【佐藤 氏】1980年代にオックスフォード・インストゥルメンツの前身であったLink(リンク)社の分析装置を使い始めたのが、私たちとの接点の始まりです。その頃から、独自のハードウェアやソフトウェアを開発し、非常に分析の定量精度等が高いということで、世界でも定評のあるメーカーでしたので、私たちも色々な電子顕微鏡にLink社製を使用してきました。その後Link社は現在のオックスフォード・インストゥルメンツ社へとつながりました。
また私個人も長年、イギリス本国とのお付き合いがあり、技術交流や将来の装置開発について意見交換をしてきました。特に、2000年頃から私たちが低加速電圧の走査電子顕微鏡を本格的に使うようになってきてから、このExtreme検出器のような新しいハードウェアに対する期待が非常に高まってきたのです。このような重要性は私たちだけではなく世界的に認識されていました。世界に配信した私の2020年のオックスフォード・インストゥルメンツ社ウェビナーでは、 “このようなSEM-EDS分析のニーズにソリューションを与えたのがExtreme検出器であったーOxford Instruments did the homework.”と紹介しました。またこの製品は、イギリスのQueen Elizabeth Innovative Awardを受賞しています。まさに我々が待ち望んだEDS検出器だったのです。
【中村 氏】オックスフォード・インストゥルメンツのExtremeを使わせていただいて、EDSの世界でもここまで観えるようになったと非常に驚いている一方で、新たな課題、挑戦も出てきております。具体的に言いますと、低加速電圧での定量精度の向上がひとつ大きな課題となっていると感じています。どうしても原理上、X線スペクトルを理論的に完全にシミュレーションするのは難しいところではありますけど、定性的に分布を可視化できる方法もほぼできているので、そこから一歩、できるだけ定量精度を高める方向に持っていくことが、今後の大きなひとつのやるべきことではないかと思っています。後は、やや欲張りなことなのですが、立体角をさらに大きくすることです。また、試料の影の部分の測定は依然として困難です。できるだけ影の出ないような検出器の設計/配置を目指して欲しいです。
【佐藤 氏】今までは電子顕微鏡ありきで、分析装置はどの本体にでも装着できる汎用設計が一般的でした。しかし、もう一歩踏み込んで、顕微鏡本体と分析装置のトータルシステムとしてのインテグレーション最適化、すなわち課題解決のための統合的なシステムを開発していく必要があると思います。
佐藤 馨(さとう かおる)
JFEテクノリサーチ株式会社 フェロー Ph.D
1981年 東北大学大学院修了
1986年~1988年 英ケンブリッジ大学材料科学学科
1989年 英ケンブリッジ大学大学院博士課程修了 Ph.D
2005年~2011年 JFEスチール(株)分析・物性研究部長
2011年~2016年 JFEスチール(株)主席研究員
2016年~ JFEテクノリサーチ(株)フェロー
物理解析のスペシャリスト、および電子顕微鏡のプロフェッショナルとして高度な専門性を活かし、現在、JFEテクノリサーチ株式会社のフェローとして勤務。日本顕微鏡学会 電子顕微鏡大学講師、科学技術振興機構(研究成果展開事業)アドバイザ、九州大学産学連携センター客員教授等を歴任。2018年 日本顕微鏡学会学会賞(瀬藤賞)を受賞。その他の受賞歴、代表論文、そして講師を務められたウェビナー(動画)は、下記サイトをご覧ください。
JFEテクノリサーチのフェロー紹介: 佐藤 馨
https://www.jfe-tec.co.jp/fellow/sato.html
中村 貴也(なかむら たかや)
JFEテクノリサーチ株式会社 知多ソリューション本部 材料解析部 主査
2012年3月 千葉大学工学部機械工学科修了
2012年4月 JFEテクノリサーチ㈱ 入社
機能材料ソリューション本部 ナノ解析センター勤務
2021年4月~ 知多ソリューション本部 材料解析部勤務
極低加速電圧SEMなどを用いた先端材料の分析業務に従事中。
(取材:2022年2月)
※記事の内容は取材時の情報です。
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