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Case Study|導入事例

九州大学 田中研究室

九州大学 田中研究室

ドリフトが少なく、高分解能と安定したオペレーションで 大学生に人気の高いAFM

革新的接着技術を創出し、高分子マルチマテリアルを強靭化、ひいては次世代モビリティの実現に取り組む九州大学 大学院工学研究院応用化学部門 機能材料化学分野 田中研究室は、ナノサイズの有機高分子材料の機能性を飛躍的に高める研究を行なっています。田中研究室は2016年2月に当社オックスフォード・インストゥルメンツの原子間力顕微鏡「Cypher ES(サイファー・イーエス)」を導入しました。高分子材料の構造・物性の分子レベルでの解明や機能材料への展開を目指す研究室で、AFM(原子間力顕微鏡)がどのように活用されているのかを主宰者の田中教授に伺いました。

(敬称略)

副研究院長 センター長 主幹教授 博士(工学)田中 敬二(たなか けいじ)教授

九州大学
大学院工学研究院 応用化学部門
大学院統合新領域学府 オートモーティブサイエンス専攻
次世代接着技術研究センター

副研究院長 センター長 主幹教授 博士(工学)
田中 敬二
(たなか けいじ)

九州大学 田中研究室

https://www.cstf.kyushu-u.ac.jp/~tanaka-lab/

【導入製品】環境制御対応原子間力顕微鏡「Cypher ES(サイファー・イーエス)」
【導入時期】2016年2月
【導入台数】1台
【導入前の課題】高分子の液中in situ観察、高分子の粘弾性測定
【導入後のメリット】温度制御時も熱ドリフトのない高分解能AFMにより、高分子の吸着過程を詳細に観察することに成功

導入事例 「九州大学 田中敬二 教授」 インタビュー
(フルバージョン)

導入事例 「九州大学 田中敬二 教授」 インタビュー
(ショートバージョン)

オックスフォード・インストゥルメンツのAFM「Cypher ES」を、どのような研究・用途に使用されていますか。

【田中教授】先ず、1分子を観察することです。当研究室で扱っている1分子というのは高分子の分子鎖であり、これを観ることが一つの大きなトピックスとしてあります。次に高分子の酵素分解をin situで観察することで、高分子が酵素溶液の中で分解する様子を観ています。Cypherはドリフトが少なく、高分子が削れていく様子をそのまま観察できるため、この研究は高い評価をいただいています。特にプラスチックごみやマイクロプラスチックといった環境問題にもつながるため、企業の方々からもとても注目されています。

あともう一つは、フォースマッピングやフォースカーブなどを用いて、粘弾性をどう測定するかについて取り組んでいます。Society 5.0(後述)で共同研究を行っている中嶋 健先生(東工大)の研究室ではCypherに温調を入れていて、熱硬化材料の弾性率マッピングを行っているのですが、ドリフトがなく、測定位置がほぼ動いていないのです。それは素晴らしい点だと思っています。

AFM装置の進歩は著しく、周辺の解析ツールも進歩しているので、AFM観察で得られる情報や解析の深さが昔と比べ物にならないくらい進歩している、という印象があります。

九州大学

当社のAFMを導入された理由を教えてください。

【田中教授】AFM業界に精通している営業の方が強みでした。このような分析装置を購入する場合に、何を信用するのかと言えば、やはり「人」だと思います。したがって、技術営業の方はとても重要だと考えます。

またCypher ES導入時に、一番やりたいと思っていたことが、現場と私とで違っていました。現場は分子が拡散する様子を観たいという要望でしたが、私は新しいサイエンスの創出を目的としていました。しかも、拡散を描像するサイエンスは既に1990年代や2000年代にも存在していました。そこで私自身が今、Cypher ESで観たいと思っているのは、シングルチェーンの中でセグメントというモノマーの数個繋がったような単位がどう動いていくかというのを観たいと思っています。今、助教の盛満氏がこれを研究しており、それが観えつつあります。私たちは観えていると思っているのですが、現状、そのようなサイエンスのフレームワークがないため、どのように解釈するのかがまだ追いついていません。しかし、新しいサイエンスを創れると私たちは信じています。

九州大学 田中研究室

最初のAFMを導入されたのは約30年前で、当社のCypherは8代目となると伺いました。当社のAFMの特長について教えてください。

【田中教授】ポリメタクリル酸メチル=PMMAと呼ばれている材料が、マイカに吸着していく過程をCypher ESで観察したのですが、温度を上げた方が、像がシャープに観えたのです。通常の装置で考えると、温度を上げるとドリフト含めいろいろな問題が出て観察しづらくなると思うのですが、Cypher ESを用いた観察ではむしろきれいに観えていました。これは、高分子材料側が基板に強固に付着していくから観やすくなるのですが、言い方を変えると、熱ドリフトを含め、アーティファクトがないからこのような観察像が観えるので、大変素晴らしい性能だと考えております。

また、Cypher ESは外観、つまりルックスから素晴らしいと思います。すべてが素晴らしいのですが、4年生の学生が聞いてもわかる特長を挙げるとすれば、とにかく、サンプルの位置が動かないことです。これはビギナーにとっても、使い込んだプロにとっても非常に大きな武器ではないかと考えております。

学生さんの中で、Cypher ESの評価はどうですか?また、いろいろなAFMを使われてきて、Cypher ESの分解能について印象をお聞かせください。

【田中教授】大好きですね。やはりオペレーションがクリアですし、モニターもクリアですし、何を観察しているのかというのが一目瞭然で分かり、安定しているので、学生はすごく好んで使いたがります。プロの方による分解能は、彼らの技量によって達成可能になるのだと思うのですが、大学院生クラスの使用歴数年のオペレーターが達成できる分解能という意味ではCypher ESは素晴らしい結果を提供してくれると感じています。

九州大学 田中研究室

次世代接着技術研究センターで活動をされていますが、どのような組織でしょうか?また、接着技術研究にAFMをどのように活用されているかについてお聞かせください。

【田中教授】先ず大元は、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)のプログラムがあり、2018年からスタートした9年半で27億円の大規模プロジェクト「Society5.0の実現をもたらす革新的接着技術の開発」になります。アカデミアのPIが11機関15人、化学素材メーカーが14社、化学素材メーカーのユーザー企業として7社の体制となっており、私はこれらすべてをまとめるプログラムマネージャーを務めています。知的財産やプロジェクトの雇用などのニーズにスムーズに応えるため、次世代接着技術センターを立ち上げて、プロジェクトを遂行しています。福岡市の産学連携交流センターが入口となり、そこに企業からの研究員が4~5人常駐しています。

次に、接着技術研究におけるAFMの活用についてお話すると、接着の現象というのは古くから知られており、現在も色々な研究が行われていると思うのですが、分かったようで分からないのが現状です。どうやって接着しているかが分からない。そのカギとなるのが被着体で、AFMの世界では基板になります。これと樹脂がどのように相互作用しているのかは、分光学で観るというのが定石かと思います。しかし、分光学は何が起こっているかが専門家にしか分からないため、接着しているのか剥離しているかなどを視覚的に観るためにAFMを使用しています。接着の界面では、環境が様々な点で重要になりますが、Cypher ESを用いると、水中や高湿度環境、温度をかけた観察ができます。また、温度をかけた後に低温に戻しても観察がそのまま行えます。Cypherの特長として熱ドリフトがとても小さいことが、接着技術の研究開発において非常に大きな効果があると思っています。

最近の研究では、マイカにDNAが吸着する様子を観ているのですが、通常、高分子に限らず、ものが固体表面に吸着する時は、それぞれの吸着されるもの同士が相互作用しないというLangmuirの考え方があって、Langmuir吸着等温式で表されます。しかし、高分子は鎖が長いため、高分子鎖同士が相互作用するのではと思っていたのですが、これをCypherで直接観察することができました。DNAは巨大な分子でAFMでは観やすくはあります。DNAの一端が基板に付着し、反対側の長い部分がまだ、溶液の中でふらふらしている状態なども観察できます。それが溶液の中にある他の鎖を引っ張って落とす様子なども観えているので良い成果となり、論文*に掲載されました。

*Y. Morimitsu, H. Matsuno, Y. Oda, S. Yamamoto, K. Tanaka, Direct visualization of cooperative adsorption of a string-like molecule onto a solid. Sci. Adv. 8, eabn6349 (2022).

高分子鎖の接着初期素過程の直接観察に成功

高分子鎖の接着初期素過程の直接観察に成功

参考図
マイカ基板上に吸着したPMMA鎖のAFM像ならびにMDシミュレーションにより得られた分子鎖のスナップショット。熱処理の進行とともに、その局所コンフォメーションがループからトレインへと変化した。

(画像および説明文の引用:九州大学サイト「高分子鎖の接着初期素過程の直接観察に成功」より)

今後、Cypher ESに期待することは?

【田中教授】真空で観察できると良いと思います。もちろん、真空では色々な問題が発生するであろうことは理解していますが、日本は湿度が高いので、空気中の水、特に親水性の基板を使うと表面に凝着した水があると言われており、実際に観えています。つまり、この効果も同時に拾ってしまっているという現状がありますが、水の効果がない場合のことは分かりません。そこをクリアにするためにも真空観察を期待しています。

ソフトウェアについて、Cypherは確かにドリフトが少ないことは間違いないのですが、それでもやはり当前ながら多少は動きます。当研究室ではPythonなどでドリフトによるずれをラボレベルで補正できるようになっています。ただこの方法は誰でも簡単にできることではないので、この解析モードがあると、ユーザー、特に企業の方にとっては喜ばしい機能かと思います。

また、高速化すると分子運動の速い部分が観えるようになるため、新たなサイエンスが拓かれると思っています。現状のスキャニングレートでも緩和時間で数百秒程度のものは観えているのですが、数秒程度は観えていません。スキャニングレートがどれくらい上がるのかという議論になると思いますが、少なくとも今より1桁上がれば緩和時間で10秒程度のものが観えてくるようになるので、それはものすごく大きな戦力になると思っています。またCypher ES からCypher VRSへアップグレードすると、20fpsが実現するので、これはとても魅力的です。

インタビューご回答者のプロフィール(敬称略)

田中 敬二(たなか けいじ)

九州大学 大学院工学研究院
副研究院長

1993,     九州大学 工学部 応用化学科 卒
1997,     九州大学 大学院工学研究科 博士後期課程 応用物質化学専攻 修了(博士(工学))
1997-1999, ウィスコンシン大学マジソン校 化学科 博士研究員
1999-2000, 日本学術振興会 特別研究員
2000-2005, 九州大学 大学院工学研究院 助手
2005-2009, 九州大学 大学院工学研究院 助教授・准教授
2009-現在, 九州大学 大学院工学研究院 教授
2013-2019, 九州大学 未来化学創造センター センター長
2018-現在, 科学技術振興機構 プログラムマネージャー
2019-2020, 九州大学 大学院統合新領域学府 副学府長
2019-現在, 九州大学 次世代接着技術研究センター センター長
2021-現在, 九州大学 主幹教授
2022-現在, 九州大学 大学院工学研究院 副研究院長

(取材:2023年6月)
※記事の内容は取材時の情報です。

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