慈愛に満ちた“母なる木”バオバブの木をシンボルとした医療法人社団煌の会 山下湘南夢クリニックでは、患者様へ最高水準の技術で最先端の不妊治療を提供しています。2022年4月から不妊治療への保険適用がスタートとなり、社会的にも関心が高い分野です。そのような中、山下湘南夢クリニックは、2019年に当社アンドール・テクノロジー(オックスフォード・インストゥルメンツ)*の共焦点顕微鏡システム 「Dragonfly(ドラゴンフライ)」を導入しました。何を観察したかったのか、なぜDragonflyである必要があったのか、山下湘南夢クリニックの高度生殖医療研究所 研究室長の甲斐義輝 博士にお伺いしました。見せていただいた具体例は、まさに生命の神秘を感じます。
*アンドール・テクノロジーは、オックスフォード・インストゥルメンツのグループ会社です。
(敬称略)
医療法人社団煌の会 山下湘南夢クリニック
高度生殖医療研究所 研究室長
甲斐 義輝(かい よしてる)博士(再生医科学)
医療法人社団煌の会 山下湘南夢クリニック
https://www.ysyc-yumeclinic.com/
【導入製品】 Dragonfly共焦点顕微鏡システム、iXon Life 888 EMCCDカメラ、画像解析ソフトウェア Imaris
【導入時期】 2019年6月
【導入台数】 1台
【導入前の課題】非常に光に弱い初期胚を、生きたまま長期間観察すること
【導入後のメリット】初期胚内部の染色体が分配される様子を詳細に観察することに成功
【甲斐 博士】ヒトの卵子と精子の受精、その直後からの初期胚の発生過程のメカニズムを解析しています。技術的には、共焦点顕微鏡を使用したライブセルイメージング、生きている細胞の中の状態の観察を行っています。当クリニックでは、生殖補助医療を行っていますが、その基礎的な研究になります。ヒトの初期胚を扱うプロフェッショナルとして、その理解を深めるため、1つずつ基礎的な知見を積み重ねています。ヒトの初期胚の解析というのは、マウスとは違って、実はわかっていないことだらけで、今、得られている新しい知見が将来的に臨床に活かせると思っています。
【甲斐 博士】一番の課題は、非常に光ダメージに弱い初期胚をどれだけ長く生きたまま観察し続けられるか、ということでした。初期胚は少しでも光が強すぎると、すぐに死んでしまいます。これは通常の培養細胞とは比較にならないほど弱いものです。そのためできる限り光ダメージが少ない状態で観察ができること、このことがシステム選定の条件でした。
私の過去の経験から、初期胚の観察にはスピニングディスクを使用したシステムが適しているだろうと考え、システム選定に際しては4社にデモ機を依頼しました。3社の結果は、残念ながらおおよそ1日で初期胚が死んでしまいました。ところがアンドール・テクノロジーのDragonflyによる観察では、3日以上生きたまま観察が可能でした。そして、初期胚内部の染色体が分裂する様子を詳細に観察することができました。さらに染色体が1本ずつ識別できるか、紡錘体を形成しているファイバー状の微小管が明瞭に観察できるのか、という空間的な分解能も重要視していましたが、Dragonflyはまさに私の希望をかなえてくれました。そのデータを確認して、Dragonflyの導入を決めました。
共焦点顕微鏡の観察では、蛍光プローブ(光を受けて別の波長の光を発する機能性分子)を使うため試料にレーザーを照射します。先ほどお話ししましたが、初期胚は非常に光ダメージに敏感なので、照射するレーザーをできるだけ弱くする必要があります。そうすると当然のことながら蛍光も微弱なものとなり、カメラの感度が要求されます。もともとAndor(アンドール)は、今はオックスフォードの一員となっていますが、高感度カメラのメーカーですから、その辺がやはり効果が大きかったのかなと思っています。また、Dragonflyでデータを撮った後、画像解析ソフトのImaris(イマリス)ですぐに解析できるということも非常に魅力的で、これも購入の決め手の1つでした。
導入後は、基本的なところは、大体すぐにマスターできていたかなと思います。そうですね、使いやすい感じでした。それでも、少しわからないところがあった時に連絡しましたがすぐにサポートしていただきました。トラブルもなく順調のためか、最近はほぼサポートの連絡はしていませんね。
【甲斐 博士】これはマウスの初期胚の動画になります。全体が80µm程度の細胞で、受精卵には2つの核があります。通常の細胞の核は1つですが、受精卵は特殊で、前核と呼ばれるお母さん(雌)から受け継いだ遺伝情報とお父さん(雄)からの遺伝情報が別々の核に存在しています。この受精卵が2細胞分裂を起こす前に、前核が崩壊し染色体が現われます。そして初めて、お母さん(雌)とお父さん(雄)の遺伝情報が混ざり合い、2倍体のゲノムが登場します。その後に紡錘体の形成、遺伝情報の複製を経て細胞分裂し、2細胞になります。まさに生命の神秘ですよね。
実は以前は、前核の崩壊後、1個の紡錘体が形成されると考えられていました。3年前に、ドイツの研究グループによるLight Sheet顕微鏡を使用した観察結果がScienceに掲載されましたが、その結果は前核それぞれに紡錘体が形成され(dual-spindle)、それから1つの紡錘体になるというものでした。そのLight Sheet顕微鏡は彼らの自前のものでしたが、Dragonflyはその現象を捉えることができるレベルにある製品だと言うことができますね。この動画は、マウスの初期胚ですが、私たちが行った研究では、ヒトの場合では、また別のメカニズムがあるということがわかり、論文を発表しました。それが、2021年、去年のことです。Dragonflyを使用して解明できることは、まだまだたくさんあると思います。
というのも、マウスとは違い、ヒトの初期胚の発生に関する知見は限られたものです。マウスではいろいろ知見が出てきていますが、ヒトの初期胚や卵子は非常に貴重なので、なかなか解析が進まないといった現状があります。研究に使用することに同意された方から提供を受けた検体をさらに研究に使用するためには、倫理審査委員会の承認を得て、日本産科婦人科学会に研究登録をした上でようやく研究スタートになります。倫理的なハードルは高いです。本当に貴重で、大事に扱っています。命の源ですから。
【甲斐 博士】導入を決める1年以上前に、付き合いの長いニコンの営業の方から、「今度、物凄いのがでます、めちゃくちゃいいみたいです」っていうのを聞いていて、デモ測定をお願いしたいとずっと思っていました。
【甲斐 博士】今、一番観てみたいのが、やはり、昔から染色体に携わっていたこともあり、染色体が分かれるプロセスですね。受精卵にとって、染色体が正しく分配されることは正常に発育するために非常に重要なプロセスです。染色体と微小管がどのような動きをして、染色体が分配されるのかをさらに詳細に観察したいと思っています。
動画の持つインパクトというのは、相当に大きいと感じています。あのライブセルイメージングで撮った染色体が分配される動画を、いろいろなところでご覧いただいているのですが、皆さん、驚かれます。「おーっ」と声も上がります。“百聞は一見に如かず”ですね。私は、研究のスタイルとして、イメージングありきだと思っていますので、ずっと続けていくことになるのではないかと思っています。
夢は臨床に使うことができる、無染色で侵襲性のないライブセルイメージングです。今は蛍光プローブを初期胚に注入して、例えば、染色体を緑色に光らせたりしていますが、これは臨床に用いることはできません。そのような技術で、細胞の中の染色体やミトコンドリアの動きが観察できたらと思っています。
甲斐 義輝(かい よしてる)
医療法人社団煌の会 山下湘南夢クリニック
高度生殖医療研究所 研究室長
2008年 鳥取大学大学院医学系研究科機能再生医科学専攻 博士(再生医科学)
2008年~2011年 三菱化学メディエンス株式会社 研究員
2011年~2018年 医療法人社団 ミオ・ファティリティ・クリニック 主任研究員
2018年~ 現職
初期胚のライブセルイメージングのスペシャリスト。博士課程で染色体工学を学ぶ。民間企業における研究活動後、現在、生殖補助医療分野の研究者として活躍。国内外での受賞歴も多数。2021年発表のDragonflyを用いた研究結果(下記参照)は高い評価を得る。
"First mitotic spindle formation is led by sperm centrosome-dependent MTOCs in humans"
(取材:2022年5月)
※記事の内容は取材時の情報です。